囲碁と瓦そばとインターネット(前編)囲碁棋士・吉原由香里×ナイル株式会社・高橋飛翔

囲碁と瓦そばとインターネット(前編)囲碁棋士・吉原由香里×ナイル株式会社・高橋飛翔

ナイル株式会社の代表・高橋飛翔が、自身の専門分野である「インターネット」外の分野で活躍する方たちと、旨い酒を酌み交わしながら互いの分野の可能性について語り合う新連載がスタート!

記念すべき第1回目のゲストは、囲碁の指導を長きにわたって行い、漫画「ヒカルの碁」の監修を手掛けるなど、囲碁の普及に積極的に関与されている女流プロ棋士の吉原由香里さん。対談前編では、高橋との衝撃的な出会いのエピソードや、近年目覚ましい進化を遂げている囲碁AIが棋士たちに与えた影響について、熱いトークを展開しました。

■本日の旨い酒

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山口が生んだ人気の日本酒「獺祭(だっさい)」。まずは、乾杯から対談スタートです!

当時の記憶は「いい匂い」

高橋:お久しぶりです。

吉原:そうなんですよね。私の講義を受けてくださっていたんですよね?

高橋:はい。実は、私が大学1年のときに、同級生に「おい飛翔、これ行こうぜ!」と言われたのが、梅沢(旧姓)由香里さんによる囲碁の講義だったんですよ(※1)。私は、小学3年生から毎週欠かさず「週刊少年ジャンプ」を買い続けていたこともあって、吉原さんが「ヒカルの碁」の監修をされていたのも知っていたから、「マジか!」となって受けに行ったんです。

※1 吉原さんは2005年から、高橋の母校である東京大学などで囲碁の講義を行っている。

吉原:そうだったんですね!

高橋:当時、吉原さんに「こういう場合はここに打つので合っていますか?」みたいなことを聞いたら、吉原さんに「ここよ」と横からバチッと打たれて…。そのとき、すげえいい匂いがしたんですよ!それが鮮烈な記憶として残っています…。

■高橋の記憶を基に当時を再現

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高橋「先生、ここっすかね?」

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梅沢先生「ここよ!(パシッ!)」

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高橋「いい匂いだ~」

吉原:よく覚えていますね(笑)。じゃあ、今日は十数年ぶりにお会いした感じなんですね、ありがたいです。

インターネットが囲碁界にもたらしたもの

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高橋:インターネットが1980年代に登場してから、囲碁の世界でもネット上で対局ができるようになったり、AI囲碁の開発が進んで、人間より強いAIが登場したりしていますよね。そのような変化を、吉原さんはどのようにとらえているんですか?

吉原:やっぱりインターネットが発達して、ネットを介して囲碁を打てるようになったことは、ひとつの大きな出来事でした。日本棋院では「幽玄の間」というネット対局サービスが登場して、日本だけでなく中国や韓国にいる棋士、プロ棋士とも気軽に打てるようになったり、プロ棋士の対局をどこでも見られるようになったりしましたから。囲碁は、地方によっても国によっても、流行りの定石や考え方が微妙に違うのですが、その情報がリアルタイムに、さらに大量に手に入るようになったので、そういう意味ではボーダーレスになりましたね。

高橋:気軽に、日本だけでなく海外の人ともつながって対局できたり、プロ棋士の対局を見られるようになったり、アプリを使っていつでも打てるようになったことは、棋士のスキル向上につながりますよね。

吉原:そうですね。囲碁を学ぶにあたって、「対局の数をこなす」ことはとても大切なんです。たくさん対局をして、さまざまな局面を経験することで、「初めての局面」が少なくなるんです。

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高橋:特に、幽玄の間で対局できる中国や韓国の棋士はすごく強いんですよね。

吉原:はい。最初は日本に追い付け追い越せだったのが、いつの間にか追い越されて、今は中韓の戦いになっています。正直、今の日本は蚊帳の外といった感じですね…。このあいだ、国民栄誉賞を受賞したトップ棋士の井山裕太さんは、そこの戦いに少し絡めるかな、という状況です。

高橋:中国は競技人口が日本の比じゃないですしね。

吉原:どうしてこの2ヵ国が強いのか、はっきりとはわからないのですが、中国には国家チームがあって、囲碁棋士はプロスポーツ選手という位置付けです。それに、社会的な地位も高くて、国民の憧れの対象なんです。一方、韓国では、決まった棋戦で優勝すると兵役が免除されたりする時期があったそうなんです。今は優勝する人が続出してしまったので、兵役免除の制度はなくなってしまったみたいですが、そういったことはすごくモチベーションになりますからね。

高橋:逆にいうと、日本でも国の支援を厚くしてほしいというのもあるのでは?

吉原:そうですね…。ただ、私が所属している日本棋院は公益財団法人なので、一般的な組織よりも恵まれている部分はあるのですが…。

「AlphaGo Zero」は宇宙レベルの頭脳!?

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■本日の酒の肴

瓦そば

TBS系ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」で話題になった、山口県の郷土料理・瓦そば。
牛肉の旨味ともみじおろしのさっぱり感がマッチした最高の一品。

高橋:現在、囲碁界ではデジタルネイティブな棋士が台頭してきて、「AlphaGo」(※2)をはじめ人間より強い囲碁AIが登場するなど、かなり変化の時期を迎えていますよね。

※2 AlphaGo:Google DeepMindによって開発された、ディープラーニング(人間の脳に近い考え方を人口知能にさせている技術)を搭載した囲碁ソフト。2015年に初めてプロ棋士とのハンデなしの対局で勝利した後、2016年3月には韓国のトップ棋士、イ・セドルとの5番勝負において4勝1敗で勝利。囲碁界に衝撃が走った。

吉原:そうですね。やはり強いAIがたくさん出てきたことで、「AI風」の考え方を取り入れている人がすごく増えてきています。やっぱり、これまでとは常識がまったく異なってきているのですが、私たちが一生懸命AIの感覚を取り入れようとしても、「昭和」の感覚はそう簡単に抜けないですね(笑)。ただ、そういった動きもまだ過渡期ではあるので、AI的な考え方を取り入れるのには、みんな苦労しています。AIをまねしてみるけど、うまく活かせるときもあれば、活かせないときもある感じです。一方で、ベテランの先生たちの中には、昔からの打ち方でもそんなに悪くはないはずだ、という感じで以前の打ち方を貫く方もいます。そもそも、どちらがいいとは言えないんですけど。

高橋:最近では、「AlphaGo Zero」という進化系のソフトも登場していますよね。AlphaGo Zero同士の対局では、プロ棋士の方々が見ても「何やってんだこいつ」という、人間には理解できない打ち手が続々と繰り出されていると聞きますが、いずれ「こういうことね」と類推して、人間が実践で活かせるレベルだったりするんですか?

吉原:現状、AlphaGo Zeroに関しては、本当にわからないですね。AlphaGoの場合は、人による対局からのデータを学習しているので、私たちとしてもすごく理解できる囲碁を打つんです。イ・セドルさんを破ったAlphaGoは、私たち人間からすると理想的な棋風だったりするんです。みんなが「AlphaGoの碁は美しい!」と言うくらい。

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吉原さんのお食事する姿も美しい!

高橋:人間の延長としては最強と。

吉原:そうですね。でもAlphaGo Zeroの場合は、囲碁のルールだけを教えて、人間の対局を基にせず、自己対戦だけで強くなっていったソフトなので、なんというか「宇宙人の碁」みたいなんですよ。すごすぎて人間の理解を超えてしまっているような。私たちが採用したい考え方はあるような気がするけれど、なぜその打ち手を選んだのかがわからない。なので今、みんながAlphaGo Zeroを理解しようとしているところですね。

高橋:ディープラーニングの結果としてのAIは、「なぜ」を語ってくれないんですね。入力と出力しかなくて、プロセス部分がない。

吉原:まさにそのとおりなんです。なぜ、今まで人間が考えてきたことを削除したのかを教えてほしいんですよ。

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糖質制限中にもかかわらず、なぜそばをかっ食らうのか教えてくれない高橋。

強すぎるAIに対してプロ棋士は何を思う?

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うまっ!

高橋:これは、アウドサイダーである私の勝手な考えなんですが、全動物の中で圧倒的に知性が高くて合理的な頭脳を持つ人間が考える「神の領域」というものが仮にあって、人間はその50%くらいまで到達しているんじゃないかと思われていたとします。でも、AlphaGoやAlphaGo Zeroといった「IQ10,000の宇宙人」みたいなAIの登場によって、神の領域が実は人間が考えるレベルじゃないくらい高いところにあることがわかり、「その領域にAIが圧倒的に近付いちゃった」みたいな感覚なのかなと思って。

吉原:まさに私も、同じ感想を持っています。昔、藤沢秀行先生(※3)が、「囲碁の神様が100を知っているとしたら、自分はまだ4か5くらいしか知らない」とおっしゃっていたんですね。それを聞いて、「本当かな?40、50の間違いじゃない?」って実は思っていたんです(笑)。でもAlphaGoやAlphaGo Zeroが出てきたときに、先生がおっしゃっていたことは本当だったんだなぁと感心しました。

※3 藤沢秀行:棋聖戦6連覇などを果たし、史上初の名誉棋聖となった昭和を代表する囲碁棋士。1980年代以降は中国での囲碁指導を行い、同国の実力向上に貢献したといわれている一方、プライベートにおける破天荒さも伝説的な人物。2009年に83歳で逝去。

高橋:例えば、私がマッチョの人と腕相撲で負けたとしても、おそらく何も感じないと思うんです。なぜなら、私は「体力」ではなく「知力」で競う商売をしているので、そもそも違うフィールドのプロに挑んで負けたところで当たり前としか思わない。その点、囲碁や将棋は知のスポーツじゃないですか。そこにおいてAIに圧倒的な差をつけられている現状において、今の棋士の方々のモチベーション、職業的な自身のアイデンティティーに変化はあるんでしょうか?

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吉原:棋士って、本当に強い者を純粋にリスペクトするんです。なので、AlphaGoにイ・セドルさんが破れたとき、まずすごく喜びを感じたんですよ。人間が負けたことは確かに残念なことだけれども、AlphaGoが示してくれた世界観があまりにもすばらしかったので、こんな碁を打つ存在に出会えたということがうれしかったんです。AlphaGoが現れたからといって、人間同士の対局の価値が失われたわけではないですし、その一方で、AlphaGoが見せてくれた新しい世界観に感動しました。

高橋:なるほど。それは、AlphaGo Zeroでも変わらないんですか?

吉原:もしかしたら、最初にAlphaGo Zeroが出てきたらちょっとびっくりしちゃったかもしれないです。最初に登場したAlphaGoと韓国のイ・セドルさんとの5番勝負では、セドルさんの1勝4敗だったんですが、唯一勝った1局すら、途中までAlphaGoの圧勝といえるような碁だったんですね。というのも、AlphaGoが優勢だった中、セドルさんが思いもよらない一手を打ったことで、AlphaGoが乱れ始めたんです。

高橋:そうなんですか?

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溶岩焼きの熱さに乱れ始める高橋。

吉原:「今までの強さはどうしちゃったの?」というくらい。人間って、予想外のことをされると思考がフリーズしたりするじゃないですか。ああいう感じで、いきなり何もかもがめちゃくちゃになっちゃったので、なんだかAlphaGoが人間に見えてきちゃったんですよ(笑)。ちょっと、かわいらしさすら感じちゃったりして。でも、開発を手掛けているGoogle DeepMindとしては、AlphaGoの技術を医療などに応用しようとしているわけですから、そんな予想外のことが起きたからといって、AIがパニックになったら困りますよね。

高橋:それをひとつの反省材料にして、AlphaGoの研究をさらに進めたということですね。

吉原:そうですね。イ・セドルさんのような強い棋士と対局するとそういうことが起こることがわかりましたから。でも、AlphaGoがあまりにも美しい碁を打つので、そんな形で負けた1局すら、AlphaGoに勝ってほしかったという人がいるくらい、みんな惚れ込んじゃったんですよ。

高橋:つまり、負けて残念、悔しいというよりも、むしろ自分を高められるとか、人類はもっと先に進めるんじゃないかっていうところのほうが大きいんですね。私なんか、AI同士が対戦して意味不明な手を打ち合っていても、ぶっちゃけ見たいと思わないんですよ。やっぱり、生身が介在するからおもしろいというのはありますよね。

吉原:おっしゃるとおりです。私もAlphaGo Zero同士の対局とかには、全然興味がないんです(笑)。

高橋:吉原さんもそうなんですね(笑)。

 

囲碁と瓦そばとインターネット(後編)へ続く――

■今回のゲスト

吉原由香里

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1973年生まれ、日本棋院所属の囲碁棋士。6歳で囲碁と出会い、14歳で加藤正夫九段に入門、22歳でプロデビュー。2007年に初めて女流棋聖を獲得し、3連覇を果たす。東京大学特任准教授、慶應義塾大学 総合政策学部・環境情報学部の非常勤講師として囲碁を教えるほか、囲碁関連のテレビ番組への出演などもこなしている。

■今回のお店

福の花 市ヶ谷九段店

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【場  所】東京都千代田区九段南4-6-10 九段南ビル1F
【電  話】050-7582-9382
【営業時間】11:30~14:15、17:00~23:00
【定 休 日】日曜、祝日
【 U R L 】http://fukunohana.com/ichigayakudan/

 

photo by mika

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